「理想の身体操作」は存在するのか
僕は長いこと、
「正しいフォームとは何か」
「理想の身体操作とは何か」
という問いを考えてきた。
きっかけはベンチプレスだった。
ベンチプレスでは、よく「ブリッジを作れ」と言われる。
胸を張れ、背中を反れ、肩甲骨を寄せろ、と。
その理由も、頭では理解していた。
力を通すため、肩を守るため、下半身を使うため。
それ自体は間違っていない。
ただ、どこかでずっと引っかかっていた。
背中が丸くなる押し方も、確かに存在する
仰向けで腕を前に押すとき、
背中が丸くなるような使い方も、身体には確かに存在する。
実際、日常動作や一部のスポーツでは、
その「丸くなる押し」が合理的な場面もある。
ではなぜ、
ベンチプレスでは「反る」方向が良しとされるのか。
最初は
「上下に割るか、左右に割るか」
という発想で考えていた。
人体は左右には割りやすい。
上下に割るには統合が必要で、難易度が高い。
だから上下に割るために、ブリッジという形が必要なのではないか、と。
でも、それもどこか決定打に欠けていた。
円という発想が、すべてをつないだ
あるとき、ふと思った。
横からベンチプレスを見たとき、
バーベルと足を結んだ線を直径とする「円」を考えたらどうだろう。
足で床を押し、その力が身体を通って回転すると、
円の回転方向によって、
バーベルは自然と「上に」向かう。
このとき重要なのは、
押しているのは腕ではない、ということだ。
前後方向の力が、
回転という形を取ることで、
上方向の成分に変換されている。
ブリッジは、反るための形ではなく、
円が成立するための結果だった。
では、球として考えたらどうだろう
さらに考えを進めると、
円ではなく「球」として捉えることもできる。
球の半径が小さくなれば引き込む動きになり、
大きくなれば押すような動きになる。
基本的に、
バーベルや相手は、その球の外周上に存在する。
ここで面白いのは、
- 自分を中心とした球
- 相手を中心とした球
という二つの使い分けが見えてきたことだ。
自分中心の球は安定し、再現性が高い。
トレーニングや重量物を扱う場面に向いている。
一方、相手中心の球は、
引き込まれる位置によってベクトルが変わり、
高い適応性を持つ。
武術や対人、球技的な世界に近い。
ただ、ここまで来て、さらに気づく。
最終的には、球ですらない。
身体は「形を選ぶ」のではなく「適応する」
球、円、線、軸。
これらはすべて、考えるためのモデルに過ぎない。
実際の身体操作では、
- 中心は固定されず
- 形も固定されず
- 状況に応じて連続的に歪む
身体は、環境と関係性に応じて、
勝手に構造を変えている。
以前、
「身体は変圧器だ」
という話をしたことがある。
入力(重力、相手、道具、速度)に応じて、
出力(方向、大きさ、タイミング)を変換する。
このとき、
球になることもあれば、
円になることもあれば、
線のように振る舞うこともある。
形は目的ではなく、結果だ。
それでも「理想の身体操作」は存在するのか
では、ベンチプレスやゴルフのスイングのように、
条件がある程度定量化されている運動において、
「理想の身体操作」は存在するのだろうか。
僕の答えは、こうだ。
存在する。 ただしそれは「唯一の形」ではない。
存在するのは、
最大効率に収束する振る舞いの帯(レンジ)。
毎回、微妙に条件は違う。
疲労、呼吸、接触位置、タイミング。
だから、
円であるべき、
線であるべき、
球であるべき、
という固定解は存在しない。
けれど、
- 力を途中で溜めない
- 関節で無理をしない
- 支点が静か
- 動きが早く終わる
こうした振る舞いの性質は、
必ず共通して現れる。
「ベンチプレス」という名前を外してみる
ここで、あえて言い換えてみる。
ベンチプレスとは、
仰向け、身長170cm、体重70kgの人間が
重力下で100kgの棒を
肘が伸び切る程度の距離だけ
移動させるときの振る舞い
に過ぎない。
「ベンチプレス」という名前が付いた瞬間、
フォームや型の話になってしまう。
でも本質は、
条件付きの人体が、どう振る舞うかという問題だ。
仰向けから棒を座位に持ってくるなら、
振る舞いは変わる。
でも原理は変わらない。
最大効率とは、「形」ではなく「現象」
だから僕が今考えている
「最大効率のベンチプレスの身体操作」とは、
- 胸を張ることでも
- ブリッジを作ることでも
- 肘の角度でもない
身体が環境と道具の間に消える状態だ。
押した感覚が薄く、
やった感覚がなく、
ただ結果だけが残る。
形は毎回違っても、
振る舞いは似てくる。
おわりに
結局、僕がやっているのは、
「正しいフォーム」を探すことではなく、
「条件が揃ったときに、なぜ良い振る舞いが自然に現れるのか」
それを探究しているだけなのだと思う。
球でも、円でも、線でもいい。
通ったかどうかだけが真実。
たぶん、これからも答えは更新され続ける。
でも、この問いを持ち続けている限り、
身体はちゃんと教えてくれる。