現象は1つ、条件は複数
身体操作を「現象」として捉え直すということ
ここ最近、身体操作について考える際、できるだけ概念化を避け、技術や理論としてまとめる前に、まずは起こっている現象そのものを見ることを大切にしています。
これは何か新しい考え方を取り入れたというよりも、これまで積み重ねてきた違和感が、ようやく一つの方向を指し示し始めた、という感覚に近いものです。
私はこれまで、トレーニングや武術、身体操作を学ぶ中で、「力を出す」「力を伝える」「脱力する」といった言葉を使ってきました。
しかし、どれだけ言葉を精緻にしようとしても、どこかで説明と実感が噛み合わない瞬間がありました。
理解しているはずなのに、再現性が安定しない。
できているはずなのに、説明しようとするとズレていく。
この違和感が、今回の思考の出発点だったように思います。
身体を「変圧器」として捉える視点
その中で、最近しっくりきているのが、身体を変圧器として扱うという見方です。
これは比喩ではありますが、実際の身体感覚や物理現象と非常に相性が良いと感じています。
例えば、冷蔵庫のような重い物体を押す場面を考えてみます。
見た目には、単に手で押しているように見えますが、もしこれを宇宙空間で行った場合、話は大きく変わります。
質量の差があるため、冷蔵庫を1m動かそうとすれば、自分の身体は10m動く、ということも起こり得ます。
地球上でそれが起こらないのは、重力や摩擦、床からの反力といった「反対方向に耐えうる条件」が揃っているからです。
これは宇宙空間ではなく、空中で落下している状態を想像しても同様です。
支えがなければ、押すという行為そのものが成立しません。
つまり、押すという動作は、押したい方向と、その反対側との関係の中でのみ成立する現象だと言えます。
「自分が押す」のではなく、「間に在る」
このとき身体は、手の位置、つまり押したい方向の“上”に存在してしまうと、うまく力を出すことができません。
むしろ、自分の重さや存在感を、押したい方向と、その反対側(地面)との“間”に置き続けることで、驚くほど強く、無駄なく力を伝えることができます。
ここで重要なのは、「自分が力を出す」という感覚が、ほとんど前面に出てこないことです。
身体はあくまで、
・押す対象
・床や地面
・重力
これらに挟まれた条件の一部として存在しているだけ、という感覚に近いものがあります。
脱力とは何をしている状態なのか
この文脈で考えると、脱力についての理解も少し変わってきます。
私が感じている脱力とは、「だらんとする」こと自体が目的ではありません。
むしろそれは、
立つという最低限の条件以外で、重力に抗うことをやめている状態
と言ったほうが近いように思います。
余計な準備動作や方向づけをやめ、重さを重さとして扱う。
その状態で、筋力を「足す」ことで、非常に効率の良い出力が生まれます。
ここでも、主体的に力を生み出しているという感覚は薄く、条件が揃った結果として力が現れる、という印象が強く残ります。
「状態に入る」「場に溶ける」という言葉について
これまで私は、この感覚に入るきっかけとして、
「状態に入る」
「場に溶ける」
「呼吸に集中する」
といった言葉を使ってきました。
これらは確かに有効で、実際に再現性を高めてくれます。
ただ、今回あらためて整理してみると、これらは起こっている現象そのものを説明する言葉ではないことにも気づきました。
より俯瞰的に、起こっていることをそのまま表現するなら、
力は個人に宿るのではなく、関係に宿っている
自分を消して、関係だけを残している
この表現が、最も嘘が少ないように感じています。
AIとの対話で見えてきた整理軸
この思考を進める中で、AIとの対話は大きな助けになりました。
対話を重ねる中で明確になってきたのは、
私自身が稽古の中で悩んでいた理由が、「できるかどうか」ではなく、現象を正確に知りたいという欲求にあった、という点です。
現象に合う言葉を探しているうちに、
・現象を記述するための言葉
・再現するために使う条件としての言葉
これらが無意識のうちに混ざってしまい、迷いが生まれていたのだと思います。
「最終的に自壊する条件」という考え方
そこで一つ、今の自分にとって大切にしたい整理が生まれました。
起こっている現象を説明する言葉には、余計な嘘を混ぜない。
一方で、
その現象に入るために必要な条件としての言葉は、最終的に自壊することを前提に使ってよい。
ここでいう条件とは、真理ではありません。
注意の向け先を操作するための仮説であり、役目を終えた瞬間に不要になるものです。
この区別がはっきりすると、
説明と操作を混同しなくなり、稽古の中での迷いも大きく減るように感じています。
今後に向けて
今回の整理によって、身体操作に対する考え方が完成した、というつもりはありません。
むしろ、ようやくどこを大事にし続けるかが見えてきた、という段階だと思っています。
・現象をできるだけ正確に見ること
・説明と条件を混ぜないこと
・条件は、いつでも手放せる前提で使うこと
これらを意識しながら、稽古や指導、文章での発信を続けていきたいと考えています。
今後も、言葉は更新され、条件は壊れていくでしょう。
それでも、現象そのものを尊重する姿勢だけは、変えずに大切にしていきたいと思っています。