なるべくドライに考える
武術や武道は好きですし、さまざまな流派や達人の方々の話も尊重しているつもりです。
一方で、CSCSとしてスポーツパフォーマンスの向上を考える立場上、科学的・実践的な視点も同じくらい大切にしています。
とはいえ、武道が非科学的だとか、感覚論に過ぎないと言いたいわけではありません。
極端に逸脱した例を除けば、達人と呼ばれる方々のやっていることを分析すると、かなり科学的なことをしている場合が多いと感じています。
そもそも人間は「人間様」ではなく、ヒト科の哺乳類です。
動物としての枠を出ることはできませんので、できないことはできませんし、できることはできます。
この前提から外れた武道や身体操作は、成立しないはずです。
武道における理想のひとつに、「必要なときに、必要な力を出す」という言葉があります。
もしこの「必要」が大小を問わないのであれば、大きな力も必要なだけ出せる、という意味になります。
最近、いろいろ試してみて感じているのは、
感覚を言葉にしようとした瞬間に、ズレが生まれやすいということです。
上流にいる人に対して下流の話を聞くと、
「上から水を流しているだけです」
という返答になるのは、ある意味自然だと思います。
具体例として、パンチやピッチングを考えてみます。
腕の角度や股関節の角度といったものは、
150km/hという大きなエネルギーを獲得し、それを身体を通して流した結果として、勝手に表に出てきた現象です。
「足を内旋させる」「股関節をこう使う」といった操作が、直接それを生み出しているわけではありません。
むしろ内旋を意識した瞬間に、地面とのつながりが溶けてしまい、本人にとっては意識しない方が良い、という結論になることもあります。
より良いとされる「状態」に身体を置くために、
あえてその中に含まれる要素、いわば下流やミクロの話を考えないという選択があるのだと思います。
そのため、下流の話を詳しく聞かれると説明が難しくなり、表現がやんわりとしたものになり、
結果として「科学的ではない」と言われてしまう。
文章にすると、やはり難しい話です。
実感しやすい練習として、壁を押す動作を挙げてみます。
自然に足を開き、体重移動を意識せず、ただ手を前に出して壁を押します。
もし壁が突然消えても、自分が崩れないような状態で手を出します。
当然、壁は動きませんので、反作用がこちらに返ってきます。
それで構いません。
そのとき、反作用はどこに返ってきたでしょうか。
また、自分のどこが崩れたでしょうか。
多くの場合、肩や上半身が跳ね返されたり、浮いたりすると思います。
次に、同じ動作をもう一度行います。
今度は押す前に、「跳ね返ってくる場所を下にする」状態をつくってから壁を押してください。
すると、丹田や下半身、あるいは地面といった、より安定した場所に反作用が返ってきたはずです。
これが、状態に入る、あるいはそもそも強い構造で動くということだと考えています。
重力下にいる以上、地面とのつながりは高出力領域になります。
地面すら脱力させて相手を崩す、という次の段階もありますが、今回はそこには踏み込みません。
この流れのまま、ゴルフスイングについて考えてみます。
正直なところ、ここはいまだに悩んでいます。
ただ少なくとも、先ほどの「強い構造」でクラブをスイングした方が良い、という点は間違っていないと思います。
ここでは、反作用が返ってくる場所を**「主体」**と呼ぶことにします。
主体が自分の安定面、すなわち支持基底面にある状態でクラブをスイングできれば、
肩や上半身だけに頼らない、質の高いスイングが作られるはずです。
一方で、主体がボール側に引っ張られると、バランスは前に傾きやすくなります。
ハンドボールやサッカーのように、どんな姿勢でも動けるという意味では主体の移動は重要ですが、
ゴルフの場合は、主体を自分の安定面に置いたままスイングをコントロールする方が良いのではないかと考えています。
次の問いは、スイングスピードやインパクトをどのように高めるか、という点です。
逆説的に考えると、スイングスピード50に必要なエネルギーはすでに存在しています。
それを主体を崩さずに通せるかどうかが問題になります。
主体を崩さないためには、筋出力や柔軟性、そして慣れによるタイミングの一致感覚が必要になるでしょう。
一般に、押すより引く方が強い(ベンチプレスよりデッドリフト)と言われます。
実際には単純な押す・引くの話ではありませんが、地面反力を最大化すると、
上半身の感覚としては引くような感覚になるのは自然だと思います。
軸より後ろにクラブを移動させ、そこから軸側へ戻すのですから、
「引っ張る」という表現になるのも妥当でしょう。
そう考えると、テイクバックには意味があるのか、という疑問も出てきます。
見た目の話から離れるなら、慣性が遠くにあっても主体が崩れずに保てるのであれば、
「引くために押す」という動作は成立するのかもしれません。
力の流れの再現性。
これを目的として練習を組み立てていけば、まだ改善の余地はあるはずです。
文章にすると難しくなりますが、
それでも私は、なるべくドライに考える姿勢を大切にしていきたいと思っています。