4次元的身体(思考実験)

4次元的身体

――操作しないことで通る力について

はじめに

本稿は、「4次元的身体とは何か」という問いについて、私自身が AIとの対話を通して思考実験的に深めていった記録です。

ここで扱う4次元は、霊的な世界観や信仰を主張するものではありません。

あくまで 構造モデル・比喩・思考の補助線としての4次元です。(思考の遊びです)

身体操作、武術、スポーツ動作を考えていく中で、

「なぜ力を入れるとうまくいかないのか」

「なぜ考えた瞬間にズレるのか」

そうした問いを整理するための枠組みとして、この文章を書いています。


次元という言葉の誤解

一般的に「次元」という言葉は、

上下・前後・左右といった空間的な方向として理解されがちです。

この理解自体は間違いではありませんが、

同時にとても限定的でもあります。

なぜなら、私たちの世界には

といった、空間に配置できないにもかかわらず、

行動や結果を大きく左右する要素が数多く存在しているからです。

これらもまた、

世界の自由度を決める軸=次元として捉えることができるのではないか。

そんな疑問から、この思考実験は始まりました。


2次元と3次元の思考実験

次元の話を理解するために、よく使われる例があります。

それは、2次元世界の住人の話です。

たとえば、2次元のゲームのキャラクター。

彼らは「面」の中でしか動くことができません。

左右や前後には移動できますが、

上下(奥行き)という方向そのものを知りません。

もし3次元の私たちが、そのキャラクターを画面から持ち上げ、

障害物の向こう側に再配置したとしたら、

2次元の住人からは次のように見えるはずです。

2次元の視点からすれば、

これは完全に神的な介入に見えます。

しかし3次元側から見れば、

何かを操作したという感覚はあまりありません。

ただ「存在の仕方が違う」だけです。

この構造は非常に示唆的です。


3次元に生きる私たちの限界

この構造をそのまま現実に戻してみます。

私たちは3次元の身体を持ち、

3次元的な操作モデルで世界を理解しています。

スポーツや武術の指導現場でも、

「どう動くか」「どこに力を入れるか」という話が中心になります。

しかし、実際の経験として、

次のような感覚を持ったことはないでしょうか。

ここには、

x・y・z だけでは説明しきれない要素が含まれています。


x,y,z に加わるもう一つの変数

そこで仮に、

3次元の座標(x,y,z)に加えて、

もう一つの変数を置いてみます。

これを s と呼ぶことにします。

人間は昔から、この s を

といった言葉で表現してきました。

時には、

神、宇宙、霊といった言葉が使われることもありますが、

本稿では人格的存在としては扱いません。

あくまで構造としての変数です。


風と帆船のたとえ

ここで、とても分かりやすいたとえがあります。

しかし、

これらを整えることはできます。

帆船が速く進むのは、

「風を支配したから」ではありません。

風が来たときに、その力が最も通る状態を保っているからです。

身体操作も、これと非常によく似ています。


4次元的存在は操作していない

このモデルを使うと、

4次元的存在のイメージが大きく変わります。

4次元は、

3次元の「上」にある空間ではありません。

むしろ、

3次元がどう成立しているかを決める条件

に近いものだと感じています。

つまり、

4次元的存在は3次元を操作しているのではなく、

3次元と同時に存在している

2次元から見た3次元が神に見えたように、

3次元から見た s が神的に見えているだけなのかもしれません。


技が通るとき、何が起きているのか

この話は、身体感覚と強く一致します。

技が通るとき、多くの場合、

むしろ、

という感覚が近いのではないでしょうか。

これは s を「使った」のではなく、

s を壊さなかったと表現する方が正確だと感じています。


再現性とは何か

ここで重要になるのが「再現性」です。

一般的には、再現性とは

同じ動作をすれば、同じ結果が出ること

と考えられがちです。

しかし、4次元モデルでは少し意味が変わります。

再現性とは、

潜在変数を操作しようとしないこと

潜在変数が安定する条件を揃えること

だと整理できます。

感覚を追わない。

結果を固定しない。

評価しない。

その代わり、

といった「壊す要因」だけを管理する。


4次元的身体とは何か

ここまでを踏まえると、

4次元的身体とは、何かを足した身体ではありません。

むしろ、

だと感じています。

力を出す身体ではなく、

通る身体

やる身体ではなく、

起きる身体


存在論としての着地

この構造を存在論として見直すと、

「自分がやっている」という感覚自体が、

3次元的な物語なのかもしれません。

実際には、

すべてが同時に成立しており、

その断面を「自分の行為」と呼んでいるだけ。

だからこそ、

といった表現が、

技の核心に近づいていくのだと思います。


まとめ

神や宇宙という言葉は、

この構造を人間が理解しようとした痕跡なのかもしれません。


次回に向けて

今回は、

4次元を思考実験・構造モデル・比喩として扱うところまで整理しました。

次回は、

そのあたりを、

また身体の話に戻しながら考えていきたいと思います。