後天的天才の構造:第2部
後天的天才の構造③
人間は、区別しすぎる生き物になった
人間は、いつから「考えてから動く」生き物になったのだろう。
これは能力が高くなった、という単純な話ではない。
もっと正確に言えば、
人間は、世界を細かく“区別できる”ようになった
ということだ。
区別とは何か。
それは、
世界を切り分け、名前をつけ、
意味や役割を与えること。
これは危険。
これは安全。
これは正解。
これは間違い。
この能力のおかげで、人間は、
- 経験を共有し
- 技術を伝え
- 道具を発展させ
- 社会を作ってきた
つまり、区別は進化の中で
圧倒的なメリットだった。
問題は、
その区別が「多すぎる」ことではない。
区別が、常に前に出てしまうことだ。
たとえば、動こうとする瞬間。
人間は無意識のうちに、
- 今の状況はこうだ
- だから、この動きが正しい
- 失敗しないようにしよう
と、頭の中で世界を整理する。
この整理自体は間違っていない。
ただ、整理している間に、
世界はもう次の瞬間へ進んでいる。
つまり、
- 変化 → 動作
だったはずのものが、
- 変化 → 区別 → 判断 → 動作
という長い回路に変わる。
猫の回路が短いのは、
能力が低いからではない。
区別を「必要なときにだけ」使っているからだ。
一方で人間は、
区別を手放すのが苦手になった。
一度つけた名前、
一度決めた正解、
一度覚えたやり方。
それらを、
今この瞬間にも当てはめようとする。
ここで起きるのが、
「今ここ」からのズレだ。
考えた瞬間、
世界は“対象”になり、
自分は“操作する側”になる。
すると、
-
世界に合わせる
のではなく
-
世界を操作しようとする
構図が生まれる。
武道的な動きや、一流の動きが
どこか静かに見えるのは、
この構図が薄いからだ。
彼らは、区別できないわけではない。
むしろ、誰よりも多くの区別を持っている。
ただ、その区別を
前に出さない。
区別は背景にあり、
動きを主導していない。
ここで、ひとつ大事なことを確認しておきたい。
この話は、
- 区別が悪い
- 考えるな
という話ではない。
区別は、
振り返るために必要だし、
更新するためにも必要だ。
ただし、
区別は「今ここ」で使うものではない。
今ここで必要なのは、
正しさではなく、反応だ。
区別を前に出し続けた結果、
人間はとても賢くなった。
でも同時に、
「考えた瞬間にズレる」
という現象も抱え込んだ。
次回は、この区別が
どのタイミングでパフォーマンスを邪魔し、
なぜ「理解したのに、できない」
というギャップを生むのか。
理解と動きが、別の階層にある理由を、
もう少し具体的に見ていこうと思う。
後天的天才の構造④
「理解したのに、できない」は失敗ではない
「理屈はわかっているんです」
「頭では理解しているんです」
指導の現場でも、練習の場でも、
この言葉は本当によく聞く。
そして多くの場合、
この言葉はどこか言い訳のように扱われてしまう。
理解しているなら、できるはずだ。
できないのは、努力が足りないからだ。
集中していないからだ。
でも、ここまでの話を踏まえると、
この見方は少し乱暴かもしれない。
理解と、動きが起きることは、 そもそも同じ階層にない。
理解とは何か。
それは、
経験を区別し、整理し、
「こうすればうまくいく」という
地図を頭の中に作ることだ。
一方で、
実際に動きが起きる瞬間はどうだろう。
そこでは、
- この状況では
- この理論を使って
- この動きを選択する
といった思考は、
ほとんど介在する余地がない。
時間が短すぎる。
変化が速すぎる。
つまり、
理解は「準備」にはなるが、 発火そのものではない。
ここで、多くの人が
ひとつの罠にはまる。
理解した瞬間、
それを「使おう」としてしまうのだ。
動きの途中で、
- 今のフォームは正しいか
- 理論通りできているか
- 失敗していないか
と、理解を前に出す。
するとどうなるか。
動きは管理され、
制御され、
確認される。
結果として、
- 反応が遅れる
- 流れが途切れる
- 力が分断される
これは才能の差ではない。
構造の問題だ。
一流の人たちは、
理解していないから動けるわけではない。
彼らは、
- 理解を積み上げ
- 区別を更新し
- 経験を重ねた上で
それを前に出さない。
理解は、
振り返るために使われる。
修正するために使われる。
教えるために使われる。
でも、
「今ここ」で動く瞬間には、
出番がない。
だから一流の動きは、
考えていないように見える。
でもそれは、
空っぽなのではなく、
後ろに下がっているだけだ。
ここで、大事なことをひとつ。
「理解したのに、できない」
という状態は、
- センスがない
- 向いていない
というサインではない。
むしろ、
理解が積み上がり始めている証拠
でもある。
この段階で必要なのは、
さらに理解を足すことではない。
理解を使わずに、
動く時間を増やすことだ。
つまり、
- 動作中は評価しない
- 正しさを確認しない
- うまくやろうとしない
そして、終わったあとにだけ、
短く振り返る。
理解と動きを、
同時に前に出さない。
この切り分けができたとき、
理解は初めて
パフォーマンスを邪魔しない形で
機能し始める。
次回は、
なぜ「上手くやろう」とした瞬間に、
動きが崩れてしまうのか。
評価が前に出る構造について、
もう少し踏み込んでみたい。