デッドリフト
デッドリフトが苦手な理由と、新しく気づいたこと
デッドリフトは正直なところ、昔から少し苦手です。
癖として“腰で持ち上げてしまう”動きが出やすく、最近はだいぶマシにはなってきたものの、油断するとまた悪癖が顔を出すように感じています。
ただ、その分だけデッドリフトについて色々と考えてきました。
今回も、その考察と気づきを記録として残しておこうと思います。
重さの垂直軸を上げるという“当たり前”を、もう少し深く見る
デッドリフトでは「重さを垂直に持ち上げる」ことが基本だと思います。
当たり前の話ではあるのですが、ここを少し掘り下げてみたいのです。
まず、バーベルが重たい以上、
身体の中心軸とバーベルの垂直軸は近いほうが圧倒的に良いと感じています。
身体から遠い位置で重さを扱えば、
- 腰への負担が増える
- 無駄なモーメントが発生する
- 単純に効率が悪い
これは誰でも体感的にわかると思います。
では、
「身体から遠い=軸から遠い」
という状態を、もう少し細かく見ていくとどうなるでしょうか。
肩の位置を下げると、バーベルの垂直上に近づく
デッドリフトのスタート姿勢では、多くの場合、
肩はバーベルより前に位置すると思います。
ここで肩を“下制方向”へ動かすと、
バーベルの垂直軸へと近づいていきます。
知人の表現を借りるなら、
「ハイバースクワットよりもローバーの方が重さを扱える理由と似ている」
という感覚です。
もちろん、広背筋の収縮や腹圧などの基本は前提として整っているものとします。
ただし、肩を下げて固定するだけでは“ベクトルのズレ”が起きる
ここからが本題なのですが、
肩を下制方向へ動かすのは見た目としては正しくても、
その位置で固定してしまうと、立ち上がりの途中でベクトルがズレるポイントがある
と感じています。
デッドリフトは静止画ではなく“連続する動作”なので、
本当は瞬間瞬間で、
- 必要な力を
- 必要な方向に
- 必要なだけ
使うのが理想的だと思っています。
しかし、
単に固定するための力が増えてしまうと、それだけで無駄なリソースを食う。
動き自体とは関係のない“固定のための努力”が増えるということです。
(もちろん実際、それで問題ない場面も多いのですが、せっかくなので細かいところまで考えてみたいのです。)
僕のアプローチ:背骨付近以外をできるだけ“緩く”しておく
ここで僕が試しているのが、
「背骨付近以外は緩めて、身体が軸に吸い込まれるように使う」
という方法です。
スタート姿勢では、
肩がバーベルの垂直軸に“吸い込まれるように動く”ことを想像すると、
結果的に肩は下制方向へ動きます。
さらに、首や胸、広背筋など、
意識できる範囲がすべて“軸へ向かうように動こうとする”ので、
自然と無駄な固定力が減っていく感じがあります。
動作中も、
軸へのベクトルを感じながら引いていくと、理想に近い軌道に収束していく
ように思います。
僕が“固定や意識過多”を嫌う理由
どこかを意識しすぎると、
そこが“支点化”してしまうのがどうにも苦手です。
- 肩を支点にすると腕しか使えない
- 胸を支点にすると胸だけが働きすぎる
- 腰を支点にすると腰が死ぬ
- 丹田を支点にすると下肢との連動が消える (いや、丹田はいいか)
支点を身体の中に作るほど、
動きが分断されるように感じます。
もし支点を作るなら、
最終的には「地面」「大地」など身体の外側のほうが自然なのではないか、とも思っています。
つまり僕は、
“支点は身体の外側にありたい”
という考え方を持っています。
そしてそのためには、
身体全体としての中心軸、
もしくはバーベルと身体が合成された“ひとつの軸”に支点を置く必要があると感じています。
デッドリフトでの今回の気づき
そんなこんなで、
デッドリフトでは身体を“狭く・小さくまとめて”、
頭の先から足の先まで“垂直軸へ吸い込まれる”ように使うイメージを持っています。
今回は特に、
肩が意識から外れていたことに気づいたため、
「肩が垂直軸へ吸い込まれる」
というイメージで動作すると、少し持ちやすくなりました。
また余計なことも色々と考えていこうと思います。
考えるほど深まるのが、こういう動きの面白いところだと感じています。